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イギリスの作家、サルマン・ラシュディ氏の小説「悪魔の詩(うた)」の翻訳者の五十嵐一さんが91年7月に殺された事件。

この事件が15年の歳月を経て、今日(7月11日)の深夜0時、公訴時効を迎える。

遺体は首はほぼ切断された状態で、胸や腹を刃物でめった刺しだったそうだ。
茨城県警は今日まで、延べ3万4千人を捜査に投入したが、現場に残されていたカンフーシューズの販路や製造元は特定されず、さらには五十嵐さんが殺害された筑波大(五十嵐さんは助教授である)が、事件当日夏休み中だったということもあり目撃情報も集まらなかった。

非常に残念な結果のまま公訴時効を迎える本事件だが、犯人の国外逃亡による時効停止の可能性を考慮に入れ、今後も捜査を行う方針のようだ。
……けれど当然、今後捜査の規模は縮小の一途を辿っていくだろう。
人の記憶というものはとても曖昧で、日々新たな殺人事件の起こるような昨今では、15年前もの殺人事件など、どんどんと人々の記憶から消えていってしまうのだろうと思うと、なんだかやりきれない気持ちにもなる。

「悪魔の詩」をめぐっては、当時のイラン最高指導者ホメイニ師が、著者(ラシュディ氏)と発行人に対して死刑宣告をしたことで一躍国際宗教問題にまで発展した。
「悪魔の詩」はイスラム教の預言者マホメットと彼の12人の妻の生活を記したもので、その内容というのがまたイスラム教を冒涜するようなものだそうで。
一時はラシュディ氏を「処刑」した者には巨額の賞金を与えるだなんて話も出た…。もしラシュディ氏処刑を実行しようとしたものが死亡したさいにはそれを「殉職者」とするとまで。

あれから15年。
五十嵐さんの妻も58歳になった。ラシュディ氏は現在も作家として活動を続けており、今尚新作を発表しているそうだ。

なんともやりきれないおかしな話だと思う。

…なんて、だらだら書いていたら日にちが変わっていた。既に時効は成立しているわけだ。今頃犯人は何を思って何をしているだろう。
そもそも、己が時効を迎えたことを知っているのかいないのか。
その逃亡生活の果てに何を思い今日まで生きてきたのか。
…いや、そもそも、犯人は今もまだどこかで生きているのか?
もしや死んでいるのではないか?

死は終わりではない。
死ははじまりに過ぎない。

罪は必ず別のカタチで購わざるをえなくなるもの。
捕まらなくともいずれその身に報いとなってかえるだろう。
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